『夢の途中』

昨年、内閣が変わり、また米大統領の交代劇があり(正式に大統領が交代されたのは今年なのですが)国内的にも国際的にも慟哭の響きが聞こえる、そんな予兆を感じた昨年だったようにも思います。様々な災害や事件等も起こり、全体的にも不安要素が大きかった昨年の末、あるニュースが飛び込んできました。
日産、ホンダ、三菱。国内自動車メーカーの三社です。いずれもそれぞれに特色のある車の作り方、経営理念があり、勿論、技術的にも世界レベルにまで特化したモーターメーカです。F1、ラリー等、レースでも活躍し、それぞれ海外にも工場が数多くあります。車好きの方でなくともテレビや雑誌、またネットメディア等で多くの人達がその名前を聞きご存知の方も多いと思います。
その三社が合同経営するというニュースが昨年の末頃に発表されました。自分も含め多くの人がそのニュースに驚いた事と思います。自動車産業は日本産業の顔と言ってもいいと思う程に世界に認知されている産業です。そのうちの有名なメーカー三社が業務提携する。車に少しでも関心のある方ならそれは、胸、躍らせ高揚する程に大きな、ある意味『事件』だったと思います。それぞれにその会社のフラッグシップとされる有名なスポーツカーがあります。三菱ならランサーエボリューションを自分はまず思い浮かべます。4WD。駆動形態が前輪、後輪だけでなく前後共に駆動するシステムを持ったスポーツカーでした。過去形なのはもうそのシリーズは生産がストップされているからです。ですがその技術的なノウハウは今の車の中にも新たな形として明確にそれは内在している事と思います。そして日産は過去のラインナップにもあったマーチ、キューブ、そして今、現在のノートのシリーズといった小型乗用車からオールマイティに使えるSUV(Sport Utility Vehicle)、また世界的にもファンの多かったスポーツカーを世に出し、一時は日本のトップとも言えるトヨタ自動車と並び世界に誇る自動車産業の顔、そんな印象を齎していた会社でした(私見です)。三社目のホンダは、故、本田宗一郎氏が創業し、二輪、四輪共にレースに参戦し、その中で得たデーターをフィードバックし市販車に技術的に活かすそんな方針を立てていたようにも思います。逆に市販車で培ったデーターをレースに置いて起用する側面もあったようです。本田宗一郎氏が無類のレース好きだった事は有名な話でしたし個人的にも尊敬している方です。日産はスカイライン、ホンダはNSXという類まれなスポーツカーを世に出しています。それぞれの知識、技術を共に組みすれば、それこそ素晴らしい新たなモータースポーツ車が生まれるのでは?そう考える方も多分、多かったのではないかと思います。
そして明けて令和七年。その想いを打ち壊すかのように、まず三菱がそのプロジェクトから撤退するという発表をしました。社内全ての総意で決めた事だと思います。決断の理由の詳細は分かりませんが、今回の事が安易には取り決められない大事だった事は想像できます。
そして残った二社、日産とホンダの間で話し合いが行われましたが、結果は物別れに終わりました。
ホンダは日産が自社の子会社として繋がるのなら連携しても良いという意向でした。その言葉に対し日産はYESとは言いませんでした。対等な立場でない関係性は飲めないと。それは理解できます。できますが、ですが今の日産の状況は昔のそれではありません。数多の海外の工場閉鎖、大規模な人員削減。それをしてもまだ足りない負(ふ)を抱えた状況です。
私見ですが私はこう思います。自社の行動理念、培った歴史、業績、それ故から生まれた持ちうるプライドをかなぐり捨ててでも、日産はその条件を飲むべきだったのではないか。そんな想いも少なからずあります。
話が長くなりました。この先、各自動車メーカーの行く末が如何なる物になってゆくかはそれは自分には分かりません。日産に限る事なくどこも順風満帆、余裕のある状況では決して無いのが今の日本の現状だと思います。
昨年、発表されたこのプロジェクト、三社合同提携が現実化していれば自動車メーカー、世界第3位のポジションになっていたという話も聞きました。それが無に帰した今、果たして何が正解だったのかは自分には分かりません。
一つ言える事は、今、出来得る事を出来る形で成すしかないという事。どのような状況であれ自社の理念からの行動を継続していく道を模索していくしかないという事。それは何も窮地に立たされた日産だけの話では決して無いと思います。いい時期もあればそうではない時期もまたあるとも思います。一つのハイスペックな車を一台、作るよりも10年、20年、或いは百年、続く会社を継続し維持する事の方が遥かに困難な事とも思います。それは会社を構成する、一人一人の個人にも言える事なのかもしれません。今はその過程の途中。終焉はまだまだ先の事とそれを信じたい想いもまたあります。自分の好きな何かしらも、そして自分自身も或いはそれは基本は同じ事なのかもしれません。